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島人インタビュー

久米島移住希望者必見!先輩移住者が語る島ぐらしのリアル〜佐藤ファミリー編〜

こんにちは!

久米島移住6年目に突入した、むっちゃんです(^^)

久米島移住から早いもので5年が過ぎました。

移住した年の最初の大型台風で家電が全部ダメになり、家族全員1週間水シャワーで乗り切ったり(笑)、島内の別の場所への引っ越しや娘の転校、嫁の妊娠・出産など、ホントに色々なことがありました。

現在は沖縄らしい赤瓦の古民家で育児を楽しみつつ、地域行事にも参加させてもらったりして、島ぐらしを楽しんでいるんですが、

そんな僕たちの久米島移住から現在までを振り返ってみることにしました。

よくよく考えてみたら、自分たちのことを詳しく書いていなかったので(笑)

そこで今回の久米島うまんちゅブログでは、

家族で久米島移住6年目に突入した、むっちゃんこと佐藤睦紀(さとうむつのり)が、

・久米島で仕事はどうやってみつけたのか

・久米島でどうやって住む場所をみつけたのか

・久米島の小学校について

・久米島で暮らしてみて良かったこと、困ったこと

などを中心に、自己紹介をかねて話していきます。

身寄りなく家族で移住し、離島の出産も経験した僕らの体験談が、少しでもお役に立てたら嬉しいです(^^)

それでは、いってみましょ〜

こんにちは!むっちゃんです

プロフィール

名前:佐藤睦紀(さとうむつのり)

出身地:群馬県

年齢:50歳

家族構成:亜美(嫁)、小6の娘、2歳の息子の4人暮らし

移住歴:6年目

海のない関東北部の群馬県から、2人とも仕事を辞め、家族で久米島へ移住して来ました。

住まいは事前に参加した島ぐらしコンシェルジュの移住体験で奇跡的に見つけましたが、就職先は決めておらず、移住後に久米島空港内にあった風人カフェで働きながら、ブログなどの記事を書いていました。

現在は島内にある就労継続支援B型事業所で働きながら、地域行事にも積極的に参加したり、このブログやインスタで久米島の魅力を発信しながら、島ぐらしを楽しんでいます(^^)

久米島へ移住したことで、今『ある』幸せに気づけたこと、『ない』から作り出すという視点で考えられるようになったこと、住まいや仕事探し、学校の様子などの情報と一緒にシェアしていきますね!

移住のきっかけ『青い海がみえる家で暮らしたい!』

そもそもなんで、久米島だったのかといえば、嫁が発した

『人生一度きりだし、思い切って仕事を辞めて青い海が見える家で暮らしてみたい!』

という、ひと言がきっかけでした。

とはいえ、最初から久米島に決めていたわけではなくて(僕は久米島という島があることも、沖縄県だということも知らなかった笑)、

青いきれいな海があって観光地化が進んでいないような雰囲気の島で、でも、インフラは整っている。そんな場所を探しているうちに『久米島』に出逢ったんです。

他にもいくつか候補にしたい島はありましたが、娘が翌年に小学校入学となるため、12月中旬には学校や住まいを決めなくてはならなかったのです。

むっちゃん
むっちゃん
学校へ提出する書類に、確定した住所を記入する必要があったんですよね。

とにかく時間がなかったのでヒヤヒヤでしたが…

そんななかで、運良く12月に久米島移住体験ツアーに参加することができて、久米島の青い海や住んでいる人のあたたかさ、沖縄らしい(勝手なイメージですが笑)島のゆるやかな時間の流れを、家族みんなで体感出来たのが大きかったですね。

とはいえ、娘が賛成してくれる保証はなく心配だったんです。

だって、群馬から突然、沖縄に移住することになるので、大好きなおばあちゃんや友達と離れてしまいますから。

緊張の一瞬でしたが、小さいながら色々と気を遣ってくれたのか、

『久米島に住みたい!ここが良い!』

と言ってくれたので、家族みんなでワクワクしながら移住することができましたね。

嫁の『青い海が見える家で暮らしたい!』から、スタートした僕たちの久米島移住でしたが、

住まいも運良くというか、もはや奇跡的ですが、青い海が見える家が見つかり、久米島移住生活が始まったのでした(^^)

むっちゃん
むっちゃん
身内も知り合いもいない、知らない場所に家族で移住するって勇気がいりましたけど、来てみたらサイコーすぎる毎日なので、決めたらとにかく行動しまくってみると、奇跡が起きるかもしれませんよ。

久米島への荷物はゆうパックと自家用車で

沖縄県外からの引っ越しで気になるのは、『自分たちの荷物を、どうやって運ぶのが一番安いのか』ということではな

いでしょうか。

僕たちの場合、大手の引越し業者にも見積もりお願いしましたが、コンテナ輸送で80万とか恐ろしい金額だったので断念したり、離島は…みたいな感じで断られたりしてなかなか良いところが見つかりませんでした。

そこで考えたのが、ゆうパックを使って大きなダンボールで送るというもの。

もちろん全部送るのは無理なので、家具とか家電とか、大きくて送れないものは、ジモティーやメルカリを使って売ったり、処分したりして、とにかく必要最低限の荷物を厳選しました。

むっちゃん
むっちゃん
一時期、流行っていたコンマリメゾットではないですが、ときめくかどうかを試して手放すという感じでしたね笑

ゆうパック以外に送りたいものは、車に載せられるだけ乗せて沖縄に送ってくれるという業者さんを見つけ、お願いすることが出来ました。

自分で都内の業者さんの所まで持っていけば安くなりますが、自宅まで取りに来てもらえるか相談したらOKだったので、とても助かりましたよ~。

しかも、金額もかなり安かったので、関東からの移住を検討している方は、以下に連絡先を記載しますので相談してみてくださいね(^^)

 

久米島での仕事(やってみたいを叶えた)

久米島に移住する前は、老人介護施設で介護福祉士として働いていました。

自分の年齢や家族がいることを考えると、島内の介護施設で働くのが慣れた仕事でもあるし、生活費を考えると自然な流れだったんですけど、

あ み
あ み
せっかく久米島に移住したんだし、自分がやってみたい仕事をしても良いんじゃない? 

なんて、嫁から素敵な提案をしてもらったので、当時、久米島空港の2階にあった『風人カフェ』で働くことにしました。

毎日、飛行機や青い海を眺めながら、オシャレなドリンクやフードを作って提供する。

とってもワクワクして、幸せな時間だったんですけど、ひとつ気になることがあって。

それは、正社員ではなくパートでの就職だったんです。

パートが別に悪いということじゃないけど、シフト制でフルタイムな訳じゃないから、40代後半に差し掛かる子持ちのお父さんがやるには生活を考えたら不安だし、

群馬に住んでいたら、親とか親戚に『家族がいるんだから、正社員で働きなさい』って言われそうだなとか、島の人たちになんて思われているんだろうとか、色々考えてしまい、

やってみたいを叶えたはずが、楽しいよりも不安な気持ちが大きくなっちゃったんですね。

そんなとき、一緒に働く先輩移住者から、

『年齢とか関係なく、生活ができれば何だって良いんじゃないですか?』

て、働き方を肯定してもらえたことで気持ちが楽になって、何を僕は悩んでいたんだろ〜って。

これって久米島は、ダブルワークしている人が多いし、なかにはトリプルワークしてる人もいたりするので、働き方に対する変な偏見みたいなことがないからなんでしょうね(^^)

ともあれ、その後はカフェで働きながら、副業で生活費を稼ごうとライティングを学び、ブログ記事を書いたりするスタイルに変わっていき、ゆったりとした島ぐらしがスタートしたのでした。

知り合いの移住者さんのなかには、

今までやったことはなかったけど、興味があるからやってみたい! 

と、経験したことのない仕事をいくつも掛け持ちしている人もいるんですが、とても生き生きしていて会う度に元気もらっているので、やってみたい仕事があったら色々考えたりせずに思い切ってやってみるのもいいかもしれませんよ。

久米島での住まい探しについて

僕たちは現在、素敵な赤瓦の古民家をお借りしていますが、移住のきっかけとなった『青い海が見える家』も含め、住まい探しが難航する久米島にあって、どうやって2回もお家を見つけられたのかお話ししていきます。

最初に住んでいた場所は、久米島町の島ぐらしコンシェルジュといく移住体験ツアーで、学校や仕事、賃貸物件を巡っていた3泊4日の最終日に、奇跡的に出会い、群馬に帰宅後、大家さんとメールでやり取りを続け決まりました。

2年限定での賃貸でしたが、その間に地域と繋がることで家を見つけて引越ししたら良いよねという感じでお借りしたんですが、あっという間に2年は過ぎて、次の家が見つからず。。。

『これはもう、島を出ないとダメなのかもね』

と、会社の人や知り合いに声をかけまくってはいたものの、半ば諦めかけていました。

でも、そんなある日、突然、大きな古民家をこれから貸し出すとの情報が知り合いの方に入り、大家さんに繋いでもらって、無事にお家を借りることが出来たんです。

当時、嫁は妊娠していて、4月には出産のためにひとりで島を出なくてはならなかったんですけど、2月末に契約して3月に引越しと、かなりバタバタでしたが、嫁の離島前に古民家での生活を始めることが出来たのでした。

1回目と違うのは、知り合いが知り合いに聞いてくれて・・・みたいな感じで、地域の人たちが、僕たちが知らないところで声を掛け合ってくれていて、何処かに家がないか探してくれていたことです。

それがなかったら、今頃は久米島を離れて違う場所で暮らしていたのではないかな~と思います。

むっちゃん
むっちゃん
たくさんの人の優しさ、支えがあっての島暮らしだなって、あらためて感じています。住まいのことだけではないですけど、本当に感謝な毎日です(^^)

移住者が住みたい場所で家を探すとしたら?

僕たちの経験から言えることは、運命とかタイミングも少しあるかもしれませんが、

やっぱり、人との繋がりがポイントなのかなって思います。

群馬に住んでいた時は、不動産屋さんにいけば、間取りや金額の部分で考えることがあったとしても、住みたいエリアの物件がひとつも見つからないなんてなかったんですが、ここ久米島で住まいを探す場合、空き物件がほぼない状況です。

しかも、地元住民でさえ住みたいエリアで物件を見つけることが困難という話をたくさん聞くので、自分だけで探すのはかなりハードルが高い気がします。

また、不動産屋さんに出ていない物件もあったりするので、色々な人から情報を得る方が見つかる可能性が高い気がしますね。

あそこのアパートに住んでる人、来月、島を出るらしいよ~

なんて感じで、地域の人たちの間で情報が先に回っている印象があります。

とはいえ、久米島に住んでいない人が、たくさんの人と繋がりをもつのは誰もが出来ることではないと思いますので、僕たちのように『島ぐらしコンシェルジュ』にまずは相談することをオススメします!

さまざまな人と繋げてくれたり、不安なことも相談出来ますから^^僕たちのように奇跡的に希望する物件がみつかるかもしれませんよ。

島の学校の良かったところ 

久米島移住を考えた時、子供がいたり将来的に子育てをしたいと考えている人にとって、島の学校事情って気になるところですよね。

ここからは、小学生と保育園児の2人の子を持つ僕らが感じる島の学校の良かったところをシェアしていきます。

【久米島の小学校に入れてよかったこと】

①少人数だからこそ、一人ひとりにしっかり向き合ってもらえる

クラス10名前後と少人数なので、先生とのコミュニケーションも密で、子どものちょっとした変化にも気づいてもらえる安心感があります。家庭では気付けない子供の新たな一面を、先生から教えてもらえたりもします。

「子どもをよく見てくれている」と実感できる学校です。

②全校生徒が“ひとつの家族”のようなつながり

生徒数が少ないからこそ、学年の垣根を越えて交流することが自然と生まれます。休み時間や放課後には、高学年と低学年が一緒に遊ぶ光景が当たり前な印象がありますね。

③地域と深くつながる、体験重視の学び

学校から外に出る授業がとても多いように感じます。地元の企業などに出かけて学ぶ「郊外学習」が充実していて、地域の方々も協力的で、島全体が子どもたちの学びを応援してくれているようなあたたかさがあります。

④島内の小学校同士での“合同授業”という交流も

久米島の他の小学校との合同授業があるのも魅力の一つです。

たとえば、プール学習を一緒に行ったり、別の小学校の子供たちと一緒に授業を受けることもあります。島という小さな社会の中で、ひとつの小学校で完結することのないように、広がりのある関係が築けることは、子どもにとってとても貴重な経験だと思っています。

⑤授業参観が“開かれた場”になっている

授業参観の時間がたっぷりと設けられていて、保護者が自由に出入りできるようになっているのもありがたいポイント。最初から最後までわが子や友達の机の横まで行って見守ることもできます。

学校全体で親や子供を迎えてくれている空気があるんです^^

⑥運動会は、学校+地域+家族みんなのイベント!

保護者の競技参加も多くて、気づけばパパママも全力で走ったり応援したり。地域の方々もたくさん来てくれて、時にはヤギも一緒に参加します(笑)

学校行事なのに“地域全体で盛り上がるイベント”のような雰囲気があるんですよね。「地域みんなが子どもたちの成長を喜んでくれている」のって、移住前の地元では感じられなかったかもしれません。

際に久米島で暮らして良かったこと ・ 困ったこと

久米島で暮らして良かったこと

必ずしも自分が住みたい地域に住めるわけではないのが現状です。

僕たちは、物件が少ないなか、決められた期間内に住む家を見つけるということが第一条件でした。

子供がいるので、何でもいいというわけではありませんでしたが、自分たちが暮らしたい場所で家が見つかり、最低限の間取りの中で暮らしていくうちに、物への執着が減っていき、物を欲しがらない・持たない暮らしに自然とシフトしていきました。

現在は大きな古民家をお借りしていますが、今もなお、年に数回は断捨離していて、本当に必要な物だけが残っていく生活になっています^^

むっちゃん
むっちゃん
物のない広々とした古民家の空間がとても居心地よくて、海に行く回数が減ってしまいましたが(笑)

また、商業施設はないですが、行きたいときにすぐに行ける胸がすくような青い海や手つかずの自然があり、遊ぶ子供たちを見ながら癒されたり、自分自身を見つめる時間を作ったりと島じかんを満喫しています。

久米島で暮らして困ったこと

島民の方からも医療についてよく耳にしますが、私たちも緊急時に専門医がいなくて沖縄本島に飛行機で行かなければならないことがあり、土地勘のない沖縄本島のどこに病院があるかを探し、受診予約をすると同時に、飛行機のチケットや宿泊先、レンタカーの手配までを行います。

夜間診療をうけたときはこれらの手配を深夜に行い、翌朝飛行機で沖縄本島に移動している最中に病院の予約をしたこともあります。

先日は、嫁がドクターヘリで搬送されましたが、改めて日頃から自分や家族の体調管理をしておくことが大切だと実感したので、久米島移住を考えている方は、とにかく健康維持に努めましょう。

その時の記事をまとめたので、こちらも参考にしてください。

”今からヘリで本島へ”妊娠6ヶ月、突然の搬送と準備ゼロの入院体験妊娠8ヶ月、突然の腹痛からドクターヘリで本島の病院へ搬送されました。入院準備ゼロの状態でのリアルな体験を振り返りながら、妊婦さんやご家族に知っておいてほしい備えや気づきをまとめています。...

僕にとっての久米島とは?

初めて久米島に来たとき、出会う人みんなが本当にあたたかくて、「なんだか懐かしいな」と思いました。どこか、自分が群馬で小さい頃に感じていた雰囲気に似ていたんです。

古き良き日本というか、人と人との距離が近くて、中学生の子が小学生や保育園児を引き連れて、暗くなるまで一緒に遊んでいたあの頃のような。

だから、「あなたにとって久米島とは?」と聞かれたら、当時の僕なら迷わず「とにかくあたたかい人の島!」と答えていたんですけど、

移住して5年が経ち、あらためて振り返ると、それだけじゃないことに気づいたんです。

だから今、『あなたにとって久米島とは?』って聞かれたら、

「自分の可能性に気づき、それを楽しみながら伸ばせる島」なんだなと感じています。

もし、今も群馬で暮らしていたら、

「忙しいから…」

「時間がないから…」

「もうこの歳だし…」

なんて理由をつけて、地域の行事に積極的に参加することなんて考えもしなかったと思います。

でも、誰も知らない島に家族で飛び込んだからこそ、勇気を出して、思い切りよく「今」を楽しもうと思えたんですよね。

その結果

  • 子供の頃から嫌いだったマラソンに挑戦することが出来て、逆に大好きになったり
  • 畑で野菜やモヒートが飲みたくてメキシコミントを自分で育てて飲んでみたり
  • 南インドカレー屋さんの友人から、カレーリーフの苗をもらい育てて本格カレーを作ったり

「ないから諦める」じゃなくて、「ないなら作ってみよう!」「とりあえずやってみよう!」という気持ちが自然と芽生えるようになりました。

工夫して作り出す楽しさを知ると、自然とチャレンジが増えていく。すると、いつの間にか自分自身の能力もどんどんレベルアップしているんです。

そう考えると、久米島の魅力って、自然の豊かさや人のあたたかさだけじゃないんですよね。

それももちろんあるけれど、一番の魅力は、**「ないをあるに変える力」**を自分の中で育てられるところなんじゃないかな、って思います。

島暮らしを通して、自分の新しい一面を発見できるのが久米島の素晴らしさだし、魅力だと思います。

あなたも是非、久米島に来て「ないをあるに変えるチカラ」を体感してみてくださいね。